「寺の朝は早い。」
本堂のタタミに正座して目を閉じ黙想。時刻は5時。今から2時間の読経が始まる。
私がこの寺にきたのは7月初旬だった。読経の声がかき消されてしまうほどの蝉しぐれだった。住職、副住職、12人の修行僧、そして高1の私。末席に座る。初めての朝のお勤めだった。
わたされた経典を群読、群唱していく。独特の節回しがあることにすぐ気づいたので何とかまねようと試みる。経典の一字一字を目で追い、聞こえてくる音をおうむ返しする。集中しだすと蝉の声がだんだん遠くなっていった。
気がつくと後ろの方で声がする。振り向くと末席の私から3、4メートルうしろに座っているおよそ10人のおばあさんの一人が、振り向いた私の座っている畳を指さしていた。何だろうと思って座っている畳を見たら、その畳が濡れていた。それは私を中心にして直径80センチほどの円になっていた。「えッ、なに?」「何だろう?」お漏らし?いや、それはない。なに?なに?
不思議に思っているとそのおばあさんが「あの人、きょう初めて見る人だねぇ。正座が慣れてないからあんなにもたくさん汗かいとるわぁ、本当にすっごい汗だねぇ、びしょびしょだわぁ!」と言ったのが聞こえた。内心ほっとした。お漏らしではなかった。着ているトレパン、トレシャツをよく見ると汗でぐっしょりだった。足のしびれを我慢していてどうやら汗をいっぱいかいたらしい。畳が濡れるほどの汗に私は気づかなかった。
読経の最後の方になると、念仏を唱えながら合掌し、立ったり座ったりが10回ほど続く。座ったら頭を下げて両手を押しいただく。2時間近く正座しているので足がパンパンに腫れ、むくんでいた。足はしびれているのを通り越し、たたいてもつねっても痛くない。腰から下は完全に麻痺している状態だった。だから立ったり座ったり押し頂くその所作ができなかった。朝のお勤めが終わり、後ろを向きおばあさんたちにご挨拶をした。頑張りなさいよというお言葉を頂いた。
修行初日、朝のお勤めが終わった。「これは大変だぞ」、想像していたよりもこれは大変だぞ。軽々しく「修行させてくれ」と言ったことが、どんなに身の程知らずなことなのか!その愚かさをこの朝の2時間で文字通り痛感した。
7時になった。掃除の時間が始まった。
(つづく)